2025引退ブログ 4年 34 豊田 大樹 「偽真面目」

お世話になっております。東京科学大学生命理工学系4年の豊田大樹と申します。
まず初めに、こうしてこれまでの活動を振り返る機会を作っていただき、ありがとうございます。
これを機に、たくさんの時間をかけて、科学大サッカー部で過ごしてきたこの4年間を振り返りました。先に言っておきますが、ほぼ全て自分語りになります。そしてとても長いです。しかも拙い文章ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

振り返り

まずは、印象に残っていることを振り返っていきます。

幹部決め

まずはやっぱり、幹部決めです。2年の夏合宿の練習後、あの押し入れから見た景色を今でも良く覚えています。あの時、自分はどうしても幹部をやりたいと思っていました。動機は、常に蚊帳の外にいたこれまでのサッカー人生を終わらせたかったからです。自分が主体としてサッカー部のために働きたかったからです。身勝手な理由だったと思います。そんな浅い考えでやっていいものではなかったのかも知れません。それでも、同期のみんなは自分の申し出を受け入れてくれました。今でも本当に感謝しています。

幹部の1年

幹部として過ごした1年間はとても長く、重く、濃い1年間でした。これまでのサッカー人生で一番チームが勝つことにフォーカスした1年でした。しかし、周りから見て幹部という役割を果たせていたかというと、そうではないと思います。幹部という仕事は、選手と監督を同時にこなすものであり、とても難しいものでした。サッカーIQがなく、スタメンでもない自分は、結局どっちの面でもチームを引っ張ることが出来ず、そこは申し訳なかったと思っています。それでも、試合に出ていない立場からの意見を出来るだけ言ったり、チームのモチベーションに気を配ったりして、幹部と選手の繋ぎ役として、裏の仕事を含めて、できることを責任を持ってやっていたつもりです。幹部の仕事とは結局決まったものではなく、自分にできることを責任を持って行い、互いに補い合いながら、幹部や幹部学年全体としてチームを引っ張るということだと思っています。そういう意味で、この1年間は幹部関係なく学年全員で結束して乗り切れたと感じていて、暖かく見守ってくれた他の学年の先輩後輩に感謝しています。

1対1の守備

次は1対1の守備の話です。1対1の守備は武器だと思ってこれまでやってきました。よく練習後に敦貴やシゲ君達と何回も何回も1対1をして、1対1で抜かれない守備を研究しました。教養卒論のテーマも「サッカーのサイド 1 対 1 守備では相手の目を見る」にしたくらいです。(布教のために一部抜粋して末尾に載せておきます。)なぜここまで1対1の守備に執着していたかですが、もともと自分はスライディングを得意としていて、ただそれだとリスクが大きいので、スライディングを封印して、リスクを抑えながらボールを取る方法を考えないといけないと思ったのがきっかけでした。ハフゲでもなんでも、1対1の局面になるといつもワクワクしていました。特にタカシや雄大との1対1が楽しかったです。

ポジション

次はポジションの話です。自分はもともとバックを中心にプレーしていましたが、2年の前半と3年の後半以降はボランチとしてもプレーしました。どうしてボランチをするようになったのかと言うと、よくボランチから文句を言われていたので、ボランチから文句を言う人の気持ちを知りたかったのと、やってみて楽しかったからです。高校の頃からボランチの気持ちが分からなくて気になっていたので、自分のサッカー人生にとってボランチにチャレンジするということは大事なことでした。ボランチをやってみて楽しかった理由は、これまで以上に攻撃参加できたことに加え、アグレッシブに守備できるようになったからです。守備力には自信を持ってやっていたので、バックラインではリスクを考えながら守備をする必要がありましたが、中盤ではある程度思い切ってボールを取りに行けるようになったところが楽しかったです。一方で、攻撃面ではとても苦労しました。中盤のプレス強度や展開の速さについて行けず、ボールをロストすることが多く、ビルドアップがずっと課題でした。結局、ボランチから文句を言う人の気持ちが分かったのかですが、なんとなく分かりました。ボランチをやっていると、その場にとどまらずバックに比べよく動くので、自分がよく働いている気になって、つい強く言ってしまうのだと思います。実際はそうとも限らないと思うので、バックラインの人は気にしないで良いと思います。

試合の記憶

良かったこともあれば、悪かったこともありました。良かった事で記憶に残るのは、やっぱり自分がスタメンで出たり、得点に絡んだりして勝った試合です。特に2024の武蔵野大学戦は、自分と広大が初めてリーグ戦にスタメンで出た試合で、その前の週に怪我をさせてしまったヒロくんから当日メッセージをもらった事や、初めてアシストのアシストができた事、最初から最後までピッチに立って勝ちを味わえた事を今でも鮮明に思い出せます。今年の前期上智戦でボランチでスタメンで出られた事も自分にとって特別な事でした。これ以上は書きませんが、他にもたくさんの良い思い出があります。

悪かった事もありました。悪かった記憶が大き過ぎて、良かった記憶を思い出すのに苦労したくらいでした。今更悪いことを掘り起こさなくていいと思う人もいるかもしれませんが、これだけは避けて通れないほど大きく、自分を振り返るために必要な事なので、真摯に向き合わせてください。2025前期日大生資戦です。この試合の内容を今更どうこう言うつもりはありませんが、この試合が引き分けに終わってしまったこと、そしてその後の4連敗の流れを作ってしまったことは紛れもない事実です。責任が重過ぎて、正直受け止めることはできませんでした。この日は誰の顔も見れなかったし、もうどうしていいか分かりませんでした。ただみんなが、自分が、あれだけ大事に大事に積み上げてきたものを自ら台無しにしてしまったという感覚で頭が支配され、謝ることすらできませんでした。翌週の練習では、絶対に休んではいけないという事と、どうすればこの試合を忘れてチームが前を向いてくれるかという事だけを考えていました。正直みんながどんな思いでいるかとかいう事を考える余裕はなく、自分が苦しくて、辛くて、一人で抱え込んでしまっていました。情けなかったと思います。一度自分で壊してしまったものに対して、もうどうなってもいいと思ってしまったこともありました。みんなはそれを取り戻そうと戦っていただろうに、本当に申し訳なかったです。そんなことができない事は少し考えればわかるのに、自分が試合に出て点を取ろうとか、自分が活躍して取り戻そうとか思っていました。そんな状況が6月は続いて、7月になってやっと、チーム全体で取り返せばいいんだという思考に変わり、一歩前に進めたような気がしています。自分の弱さが露呈した出来事だったと思っています。結局あの日のことは、最後の創価戦の日まで1日たりとも忘れることはできませんでした。あの試合の後どうすれば良かったのかは今考えても難しいですが、みんなともっとコミュニケーションをとって、考えを伝えるべきだったのだろうと思っています。あの試合の後はプレー面でも大きな影響がありました。6月はチームメイトに怪我をさせてしまう事も多く、ますます守備がしづらくなっていました。守備で存在価値を示す必要があり、またハフゲ全体の守備強度を上げることが役割だと考えていた自分にとって、守備で強く行きづらくなってしまったことで、自分のボランチとしての価値を失ってしまったと思っています。また、4年間で怪我をした回数よりも怪我をさせてしまった回数の方が多かったので、怪我をさせてしまった人には申し訳なかったと思っています。ごめんなさい。この辺りが悪かった記憶です。

まとめ

科学大サッカー部で過ごしてきた4年間を、いくつかの面から振り返ってみました。良かったと思うことはいくつもあって、試合に絡めたこと、チームの運営に携われたこと、チームのために戦えたこと、役割を意識して活動できたことなどなど、高校までのサッカー人生を考えると大きな進歩でした。一方で上手くいかないことはもっとたくさんあって、特に結局1度も自分の力でスタメンになれなかったことが残念です。また、これまで先輩方が決死の思いで踏みとどまり続けてきた2部リーグから降格させてしまう事に、4年生として責任を感じています。

真面目であれ

部活を引退してから、これまでになく時間があり、ゆっくり色々考えました。その中で、思うことも少しづつ変化していきました。初めは最後の試合のトラウマも大きく、ネガティブな考えから抜け出せずにいました。その中でも1つ1つの出来事や感情を思い出していく中で、次第に部活をやっていた頃の感情が甦り、自然とその1つ1つが大切に感じられるようになりました。心に余裕が生まれてから、悪かった事も含めて、ようやくこの4年間に向き合い始められた気がしています。今現在の視点から、上手くいかなかったことの原因を考えてみました。

自分のこの4年間については、頑張ったし、苦しんだし、諦めなかったけど、上手くいかずべくして上手くいかなかったなというのが、今思う素直な感想です。サッカー部のみんなは先輩後輩問わず、人間としてできた人が多く、この4年間で多くのことに気づかされ、学びました。その中でも、余裕の持ち方が違ったのだろうと、特に今はそう思っています。余裕は事前に考えたり体験したりする事で生まれるものだと思いますが、それがないと、プレーやコミュニケーションに限らず、人生のありとあらゆることが上手くいかないことは多くの方がご存知の通りです。この根本的な能力の欠如が上手くいかなかった最大の原因だった思っています。ではなぜ余裕がなかったのか、理由は3つあると思っています。1つ目は、考えを整理したり記録したりする術を持っていなかったことです。頭の中だけで物事を整理できる人もいると思いますが、普通はそのための訓練が必要で、その方法を知らなかったということです。2つ目は、単純に時間が足りなかったという事です。これは余裕を持てるようになるために必要な時間が足りなかったということです。3つ目は、悪い意味で真面目だったたからです。皆さんがどう思っているかは分かりませんが、自分では自分のことを真面目だと思って生きてきました。真面目で良いことは色々ありますが、それが歪むと弊害があります。そのうちの一つが、その事に囚われすぎて頭の中が支配され、物事の優先順位を動かせなくなるような感覚です。自分はサッカーに囚われ過ぎて、サッカーに病んでいたのかもしれません。そして自分の真面目は、そんな歪んだ偽物の真面目だったのかもしれません。

深く考え過ぎかもしれませんが、今現在はそう思っています。もしも部活をしている間にここまで言語化して問題を認識出来ていれば、しばらく休部していたかもしれません。いや、実際にはなんとなくは分かっていたけど、2年の夏以降に自分が休部する決断はできなかったというのが正しいかもしれません。いずれにせよ、たくさん時間がある今だからこそ辿り着いた結論です。低レベルな悩みだと思われるかもしれませんが、それでもこれをブログで書いたのは、同じような境遇にある人がいたら、何かのヒントになるかもしれないと思ったからです。時期は選ぶべきですが、一度考え直すために時間を取るという選択肢は、個人のためにもゆくゆくはチームのためにもありだと思うし、そういう決断をする人がいたら、尊重してほしいと思っています。

真面目という性質を真に活かすためには、余裕が不可欠なのかもしれません。事前にコツコツ積み重ねて、余裕を持って結果を出す。そういう生き方をサッカー人生で突き詰められなかった事は本当に悔しいですが、これから同じ過ちを繰り返すことがないように、真に真面目な生き方ができるように、1つ1つ積み上げていって、いつか大成してやろうと思っています。

最後に

ここまで読んできていただき、ありがとうございます。最後に素直なメッセージです。ブログの下書きの中から、こんな文章を見つけてきました。「この4年間を端的に表すと、とても特別な時間でした。それは日々を過ごしている中でも、今は特別な時間なんだなと感じられるほど、鮮烈で洗練された時間でした。時間が経つにつれて強くそう感じるようになっていきました。こんなに熱中した事は未だかつて無く、こんなにサッカーを楽しいと思った事もありませんでした。」「当たり前のことなんて1つもありませんでした。毎日練習に行く事も。そこにボールがあって、グラウンドがあって、サポートしてくれるマネージャーがいて、そして一緒に戦ってくれる仲間がいる事も。試合に来てくださる先生がいて、いつも応援してくださるOBの先輩がいて、どんな時も励ましてくれる家族がいて。全てが特別な事でした。」ついつい忘れてしまう事ですが、喜びや楽しさを感じる瞬間は、良かった試合だけでなく、日々の練習の中にも散りばめられていました。その一つ一つを科学大サッカー部のみんなと感じられたことが、自分が4年間サッカーをやってきた意義であり、自分にとって何よりの財産でした。だから、今はこれまでサッカーで関わってくださった全ての方々に感謝しています。

高校までのコーチ、先生方が、諦めずにサッカーを教えてくださり、いいところを褒めてくださり、サッカーを続けなさいと言ってくださったから、ここまでサッカーを続けることが出来ました。これまでその本当の有り難みを理解できていませんでした。本当にありがとうございました。

家族は、どんな時も味方でいてくれて、どんな時も変わらず接してくれて、どんな時も応援してくれました。家族の支えなくして17年間もサッカーを続けることは絶対にできなかったし、たくさん力をもらったと思っています。本当にいつもありがとう。

室田先生、丸山先生、宮崎先生をはじめとした、社会人運営委員の方々がいてくださるお陰で、このサッカー部の活動が成り立っています。たくさんのご尽力をいただき、本当にありがとうございました。これからも科学大サッカー部にお力添え頂けますと幸いです。

マネージャーのサポートがなければ練習は成り立ちませんでした。いつもチームのために働いてくれるマネージャーのために、もっと色々考えてあげるべきだったこともあったなと後悔もしています。愛梨と亜彩が今トータルで考えてサッカー部に来てよかったと思ってくれていたら嬉しいです。本当に今までありがとうございました。

布施くんをはじめとする裏方の仕事をしてくれている方々がいなければ、今の時代チーム運営は成り立ちません。自分の時間を犠牲にして、こだわりを持ってチームの活動の幅を広げてくださっています。いつも本当にありがとうございます。布施くんが広げてくださった活動を、後輩たちが引き継いでくれることを願っています。

先輩方は、自分が3年生や4年生になってみると、プレー面でも1人の人間としても、改めて凄かったんだなと思うことが多く、同じようになれるようにやってきましたが、結局自分にはできなかったことが多かったです。どんな時も気さくに話しかけてくださり、引退されてからも応援に来てくださり、自分が苦しい時にもさりげなくたくさん支えていただいていたと思っています。本当にこれまでありがとうございました。

後輩たちも、みんなそれぞれ素晴らしい要素を持っていて、優しくて、たくさん話しかけてくれて、自分はあまり先輩らしいことをしてあげられなかったけど、みんなと過ごせて幸せでした。ありがとうございました。今年1年間、チームのために働いてくれた幹部をはじめとする3年生に特に感謝しています。

最後に同期プレーヤー8人。遼は科学大サッカー部に誘ってくれた。敦貴は付き合って悩みを聞いてくれた。山は同じ目線でサッカー部について考えてくれた。紫苑は頭に線香花火を落としてくれた。真生はボランチをやっていいんだと教えてくれた。秀斗はからかっているようでよく気にかけてくれていた。広大は自分が苦しんでいる時もいつも隣で戦ってくれた。自分がみんなのために何をできたのかは分からないけど、みんなからたくさんのものをもらいました。みんな自分にとって特別な存在です。引退して以来2ヶ月近く誰とも会っていないけど、まあそういう学年だし、みんなそれぞれの所で戦っているのを分かっているから、自分も頑張ろうと思えます。いつまでもそういう関係でいて欲しいです。ダメなところもある学年だったけど、最後まで1人も欠けずに戦ってこられたことを誇りに思っています。迷惑をかけたこともたくさんあったと思うけど、4年間、本当にありがとう。

最後に今まで思ってて言ってなかった事を2つだけ言わせてください。
チームの仕事をやらない人は本当に嫌いです。チームはプレーだけでなく、表裏様々な仕事があって成り立っています。みんながチームに協力することで、幹部がより重要なことに時間を使えるようになるし、間違いなく士気も上がるので、みんな協力してあげてください。
もう一つは無責任で個人的な願望でしかないですが、サッカーの強さだけじゃない価値のあるチームを築いていってください。チーム全体で価値観を共有して、全員が主体的に参加できる、部員一人一人のためにあるチームを目指してください。そしてできれば、毎年前の代が築いたものを次の代が引き継いでください。そうすれば、科学大サッカー部はもっと強くなれると信じています。

今後の科学大サッカー部の活躍を心より願っています。

これで本当に科学大サッカー部引退です。後悔はありますが、未練はありません。本当に今までありがとうございました。

おまけ

教養卒論「サッカーのサイド 1 対 1 守備では相手の目を見る」(一部抜粋)

3.結論

3.1.守備で勝つための戦略

ここまでサイドにおける1対1について様々な側面から見てきて、説明できていないことも含めてサイドバックができる工夫は様々考えられたが、最終的に勝敗を分ける守備の基盤となる技術は、相手の仕掛けへの反応速度であるというのが2.6章の結論であった。では、相手の仕掛けへの反応速度を上げるためにはどうすれば良いのか。当然、反射神経や初速の速さと言ったフィジカル的な能力は重要なのだが、本稿ではこれらの能力を伸ばす以外の方法で反応速度を上げるための工夫を考える。

ここで、相手の仕掛けに反応してついて行く流れを考える。まず、相手が仕掛けに入ったことを認識する。これは恐らく目で認識しているが、音やその他の情報もこれに含まれるのかも知れない。次に、反射的に相手の進む方向へついて行く。脳で情報を得て、判断してから動き出すような時間はないため、判断なしに反射的に動き出す必要がある。

この流れを考えると、いかに早く的確に相手の仕掛けを認知できるかと、いかにスムーズにその認知を反射的な動きに変えられるかということが、相手の仕掛けに対する反応速度を上げるポイントであると言える。3.2章では、2つのポイントに対して効果的であると考えられる工夫を考えて、本稿の結論とする。

3.2.サッカーのサイド1対1の守備では相手の目を見る

その工夫の1つとして、相手の目を見て1対1をするということを提案する。そもそも、1対1をするとき普通はボールを見る。サッカーはボールを中心に動くスポーツのため、それが自然なことである。そんな中、あえて相手の目を見て1対1するということを提案したい。

まず、相手の目を見る利点を4つ紹介する。1つ目は、相手の次の狙いを感じやすいという事である。ボールを見ていても相手の狙いは分からないが、目を見ていると視線や頭の動きで次の動きの予想がしやすくなる。2つ目は、目を見ていると体全体の動きを捉えられるため、仕掛けに対して反応しやすいという事である。ボールだけを見ていると、ボールが蹴り出されるまで反応ができず、また動きのインパクトも小さく感じるため、反応が遅れやすい。目を見てついて行くという流れは、相手に後ろを取らせないという優先順位から考えても理にかなっていて、タスクを明確にすることにも繋がっている。3つ目は、そのタスクの明確化である。相手の目を見る事によって、目の前の相手を止めればいいという優先順位に集中しやすくなり、展開が目まぐるしく変わるサッカーにおいてこれは大きなメリットである。また、やることがはっきりしている事で認知から反射的に動くまでをスムーズに行えるようになると考えられる。4つ目は、目線が上がり体勢が良くなる事によって心理的な余裕が生まれ、1対1に対する自信が湧く。また、1対1の守備において見る場所や対応の仕方を決めているということ自体が、自分が1対1を制御できているんだという感覚にさせ、パフォーマンスの安定やプレーへの自信に繋がる。1対1において勝てると思いながらやっているかそうでないかは、思いっきりの良さに現れて、結果に大きく影響するため、心理的に優位に立つことも重要である。これら4つ利点を考えると、相手の目を見て1対1を行うことは、相手の仕掛けを認知する早さと、認知を反射的な動きに繋げる早さの両方に効果的であると言える。

次に、相手の目を見て1対1をするデメリットがあるのかを考える。結論から言うと、サイドでの1対1の守備においては、あまりデメリットはないと考えている。一般にボールを見ないデメリットとして1番に思いつくのは、パスやシュートの阻止がしづらい事である。特に近場のパスの場合は、足振りが小さくパスを出すまでが早いため、パスコースに足を出すのは難しくなるかもしれない。例えばコート中央での守備を考えた場合には、相手には選択肢が多く、ゴール前であれば近場のパスであっても、それがゴールに繋がる決定的なパスになる可能性があるため、これは大きな問題かもしれない。また、ゴール前であればシュートもあり、シュートブロックは最優先で確実に成功させなければならないため、これも問題になりうる。しかし、サイドの場合は、相手の選択肢がそもそも少なく、近場のパス1本がゴールに繋がる決定的なパスになる可能性も低く、シュートを打たれる可能性も低いため、それほど問題にはならないと考えられる。実際、2.5章で書いたように中へのゴロのパスは許容範囲内であり、相手の目を見て1対1をすることで、この近場のパスを阻止できる可能性が下がるかもしれないが、優先順位と相手の目を見るメリットを考えると、無視しても問題ないと考えられる。またクロスに関しては、相手の目や体の動きを見ていればクロスを狙っているということが分かるため、その時点でボールに目線をずらしてブロックしにいけば十分であると考えている。先ほどのシュートの話と同じように感じられるかもしれないが、シュートとクロスではどちらも阻止すべきことに変わりはないが、その危険度が違うため、サイドの優先順位的に考えて、クロスブロックはこのプロセスでも問題ないと考えられる。以上のことから、相手の目を見て1対1をしたとしても、問題視するほどのデメリットはないと考えられる。

私は以上のように考えて、サッカーのサイドでの1対1において、相手の目を見て対応するということを実践してみている所である。以前はただ闇雲に守備をしていたが、このようにやり方を決めて取り組むことによって、コンデションや相手によって左右されない安定した守備を実現できるのではないかと考えている。まだ未完成ではあるが、今後もトライアンドエラーを繰り返しながら、より良い守備の方法を模索していきたいと考えている。

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