2025引退ブログ 4年 8 小川 遼 「順番」

四年生として迎える最後のリーグ戦が始まる時、副キャプテンとして戦った一年前のリーグ戦のことを思い出した。

それまでチームを引っ張るタイプじゃなかった自分が、変わるならここだなと思い、覚悟を持って副キャプテンになった。(決まった次の日、合宿で昼寝しすぎて午後練に遅れた。)

実際幹部として過ごした一年間は、覚えている限りほぼ毎日チームのことを考えていたと思う。自分がチームの練習を一年間決めるわけだから、チームがどうなるかは自分にかかっているなと、常にプレッシャーを感じていた。二年生まで課題に感じていた、練習メニューをこなしている感じを無くすために積極的に新メニューを取り入れて、頭を使う練習にしようとした。けど実際はそんなにうまくいかず、チームとしてこれといった形を自分が作れないままシーズンが過ぎていった。個人としても、ただ試合に出ているだけで活躍できている自覚はなかった。そんな中でも、チームが大事な試合で勝利し、残留することができたのは四年生のおかげだった。三年生のとき、自分が幹部の代ですごく四年生に助けられたなと、感謝の気持ちが思い返すと湧いてきた。同時に、今度は自分がそういう風にならなければならないと感じた。

そんな、助けてもらった分自分もチームを助けたいという思いを持って、最後のリーグ戦を戦った。

三年生の時に感じたことだからわかってはいたけれど、やはりリーグ戦期間はあっという間に時間が過ぎていく。

四年生としてサッカー部を過ごせるのも残りわずかという時期での、何気ない4対2。練習参加していたOBの先輩から全然ボールが取れなかった時、めっちゃ悔しかったのと同時に、自分もこうならないとなと思った。

その時期に、二年生までの二年間で一回もドリブルで抜けなかった先輩を思い出した。自分もこうならないとなと思った。

一年生の時に、ヒロくんに言われた言葉がチラつく。先輩にたくさん奢ってもらったから、自分は後輩に奢る。

気づくのには遅すぎるくらいの時期に、先輩からたくさんのものを受け取っていて、自分が成長できたことに気づいたし、自分がそんな先輩達のようになれているのか不安になった。

引退した日、後輩のみんなからもらったメッセージに、自分が先輩たちに感じていた気持ちと同じことが書かれていた。とても嬉しかった。

現役は引退してしまって、もうリーグ戦には出られないけど、怪我が治ったらOBとして練習に参加しようと思う。

時が経って、サッカー部がみんな知らない人になっても、OB会費やSNSを通して、ずっと東京科学大学サッカー部を応援して行こうと思う。

ここまで書いて、一個上の代の引退ブログを読んだら同じような内容が書いてあった。
単に順番が回ってきただけだった。 

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